手続違背(拒絶理由通知)

[作成・更新日:2018.1.10]

 特許法159条2項は、50条(拒絶理由通知)の規定は拒絶査定不服審判において「査定の理由と異なる拒絶の理由」を発見した場合に準用する、と規定しています。「査定の理由と異なる拒絶の理由」に該当するか否かについては、出願人と特許庁との間で感覚にずれがあり、そのため、159条2項違反による手続違背を取消事由とするケースは非常に多いです。
 特に、159条1項による53条を根拠として、審判請求時に行った補正を進歩性欠如等の独立特許要件違反により却下した審決に対する取消訴訟では顕著です(159条2項による50条と159条1項による53条の干渉問題)。
 ここでは主に請求が認容されたケースを紹介しますが、棄却されたケースは枚挙にいとまがありません。しかし、裁判所は、適正手続の観点から、特許庁に対し、より慎重な判断を求めるようになってきています。

 

● 知財高判平18・5・31 平成17年(行ケ)10710
「 拒絶査定は、拒絶理由通知における理由を引用したものであるところ、拒絶理由通知では、請求項1(本願発明)の関係で、「引用文献1」として特開平11-069024号公報(甲6)が引用されているにとどまり、審決で刊行物として引用されている特開平11-088521号公報(甲7)は、「引用文献2」として、請求項2及び3の関係で引用されているにすぎない。したがって、本願発明との関係では、審決で引用されている刊行物は、拒絶理由通知及び拒絶査定においては引用されておらず、審決において初めて引用されたものであるから、審決は、本願発明について、拒絶査定とは異なる理由により容易想到性の判断をしたものであり、特許法159条2項にいう「拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるというべきである。
 また、実質的にみても、拒絶理由通知において、引用文献2に開示された事項として指摘されているのは、・・・というものであり、同通知を受けた特許出願人(原告)が、・・・審決が認定したような引用発明・・・が開示されていることを想起させる余地のないものであるから、特許出願人は、この点に関して意見書の提出等の手段を講ずる機会を実質的にも得られなかったものである。したがって、審判手続において、上記の点に関する新たな拒絶の理由を通知しない限り、特許出願人は、上記の点に関して反論の機会を与えられないまま審決を受けることを余儀なくされるものであり、これが特許出願人の防御の機会を不当に奪うものとなることは明らかである。
 本件の審判手続においては、特許出願人に対して新たな拒絶の理由を通知することなく、審判請求は成り立たないとの審決をしたものであるから、特許法159条2項の準用する同法50条本文の規定に違反するというべきである。」

※ 類型2(主たる引用例の変更)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平18・6・28 平成17年(行ケ)10683 判時1940号146頁、判タ1224号291頁
「 本件審決の「判断その2」は、特開昭63-79170号公報(甲7の1)に記載された技術は、周知技術であるとして、これを本願発明を対比して、一致点、相違点を認定し、相違点については、刊行物1に記載の技術に基づいて当業者が容易になし得たなどと判断したものである。
 この判断は、本件審決書の記載によれば、特開昭63-79170号公報(甲7の1)に記載された技術を「周知技術」と称しているものの、その実質は、特開昭63-79170号公報(甲7の1)を主引用例とし、刊行物1を補助引用例として、本願発明について進歩性の判断をして、進歩性を否定したものと解される。そして、主引用例に当たる特開昭63-79170号公報(甲7の1)は、拒絶査定の理由とはされていなかったものである上、これまで、審査、審判において、原告らに示されたことがなかったものであることが認められる。
 そうすると、審判官は、本件審決の「判断その2」をするに当たっては、原告らに対し、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならなかったものということができる。したがって、原告らに意見を述べる機会を与えることなくなされた本件審決の「判断その2」は、特許法159条2項で準用する同法50条に違反するものであり、その程度は審決の結論に影響を及ぼす重大なものである。」

※ 類型2(主たる引用例の変更)・審判請求時補正あり・53条補正却下なし

 

● 知財高判平18・11・29 平成17年(行ケ)10622
「 前置審査に当たった審査官は、引用例2を、公知技術が記載された刊行物として把握したことが認められるから、同審査官は、特許法163条2項で準用する50条により、原告に対し、引用例2を含む拒絶の理由を通知すべきところ、このような拒絶理由通知がなされたとの主張立証はない。そうすると、同審査官による前置審査手続には、上記条項に違背した違法があるといわざるを得ないが、審決は、引用例2に記載された具体的な技術自体を公知技術としたものではないから、上記審査官の違法は、審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。

※ 類型5(前置審査)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平18・12・20 平成18年(行ケ)10102
「 周知技術は、その技術分野において一般的に知られ、当業者であれば当然知っているべき技術をいうにすぎないのであるから、審判手続において拒絶理由通知に示されていない周知事項を加えて進歩性がないとする審決をした場合であっても、原則的には、新たな拒絶理由には当たらないと解すべきである(例えば、東京高判平成4年5月26日・平成2年(行ケ)228号参照)。しかしながら、本件では、本願補正発明と引用発明1との相違点に係る構成が本願補正発明の重要な部分であり、審査官が、当該相違点に係る構成が刊行物2に記載されていると誤って認定して、特許出願を拒絶する旨の通知及び査定を行い、しかも原告が審査手続及び審判手続において刊行物2に基づく認定を争っていたにもかかわらず、審決は、相違点に係る構成を刊行物2に代えて、審査手続では実質的にも示されていない周知技術に基づいて認定し、さらに、その周知技術が普遍的な原理や当業者にとって極めて常識的・基礎的な事項のように周知性の高いものであるとも認められない。このような場合には、拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるということができ、拒絶理由通知制度が要請する手続的適正の保障の観点からも、新たな拒絶理由通知を発し、出願人たる原告に意見を述べる機会を与えることが必要であったというべきである。そして、審決は、相違点の判断の基礎として上記周知技術を用いているのであるから、この手続の瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平18・12・20 平成17年(行ケ)10395
「 審決は、その判断に当たり、拒絶査定(その引用する第2回拒絶理由通知)で示されなかった新たな公知文献を引用したわけではなく、また、用いたのは周知慣用技術であるというのではあるが、本件のような事案においては、出願に係る発明と引用された発明との構成上の相違点について、特定の技術を用いる場合には、その技術が周知技術であっても、いかなる周知技術であるかについては、特段の事情がない限り、拒絶理由として通知されていなければならないものと解すべきである。

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平19・4・26 平成18年(行ケ)10281
「 審決が認定した「・・・」は、たとえ周知技術であると認められるとしても、特許法29条1、2項にいう刊行物等に記載された事項から容易想到性を肯認する推論過程において参酌される技術ではなく、容易想到性を肯認する判断の引用例として用いているのであるから、刊行物等に記載された事項として拒絶理由において挙示されるべきであったものである。
 しかも、本件補正発明1が引用例1に記載された発明と対比した場合に有する相違点2の構成は、本願発明の出願時から一貫して最も重要な構成の一つとされてきたのであり、出願人である原告が、審査及び審判で慎重な審理判断を求めたものであるのに、審決は、この構成についての容易想到性を肯認するについて、審査及び審判手続で挙示されたことのない特定の技術事項を周知技術として摘示し、かつ、これを引用例として用いたものであるから、審判手続には、審決の結論に明らかに影響のある違法があるものと断じざるを得ない。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平20・2・21 平成18年(行ケ)10538
「 本件拒絶査定においては、引用文献2(引用刊行物)について何ら言及することなく、備考欄でも引用文献3(周知例1)を中心として拒絶すべき理由を説明していることなどをみると、審査段階では、引用文献2(引用刊行物)を引用文献として掲げながらも、審査官は、引用文献2(引用刊行物)を実質的には拒絶理由としておらず、このため、引用文献2(引用刊行物)を主引用例とする審決については、出願人である原告に意見・反論等の機会が実質上十分に与えられなかったなど、具体的な不利益を生じている疑念が生じるので、吟味することとする。
・・・
 ・・・拒絶理由通知に掲記された引用文献1~4も、程度の差こそあれ、いずれも類似した構成の履物であって、各構成について比較対比するについて、格別の困難があるとは考えられない。
 しかも、原告は、・・・本件意見書において、引用文献2(引用刊行物)に関して意見・反論をしており、また、審判請求書においても同様であるほか、本願発明と引用文献2(引用刊行物)との比較検討もしており、本件における原告の取消事由2、3に関する主張と比較検討しても、実質的に必要なところは論じ尽くしているとみることができ、原告に具体的な不利益が生じていたとは認められない。
 ・・・拒絶理由通知に記載された拒絶理由と拒絶査定で用いられた拒絶理由とは、基本的に近似した関係にあると認められるから、原告の主張は、この点からも失当である。」

※ 類型3(拒絶理由通知書の記載)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平20・3・26 平成19年(行ケ)10074
「 一般に、出願に係る発明と対比する対象である主たる引用例が異なれば、一致点及び相違点の認定が異なることになり、これに基づいて行われる進歩性の判断の内容も異なることになる。したがって、審決において、拒絶査定における主たる引用例と異なる刊行物を主たる引用例として判断しようとするときは、原則として、特許法159条2項で準用する50条本文の定めに従い、拒絶理由を通知して、出願人に対し意見書を提出する機会を与えるべきであり、出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り、通知を懈怠してされた審決の手続は違法である。
 本件においては、審決における主たる引用例(甲1刊行物)は、拒絶査定における主たる引用例(甲2刊行物)と異なる刊行物であり、甲1刊行物については、出願人(原告)に対して拒絶理由通知がされていない。
 ・・・補正発明4と甲1発明及び甲2発明の属する技術分野が同一であっても、甲1発明と対比するか、甲2発明と対比するかによって一致点及び相違点は異なり得ることは明らかである。また、主たる引用例は、その性質上、同一又は類似の技術分野のものであることは当然であり、技術分野が同一であることから、直ちに一致点及び相違点の認定が「容易に判断」されるものではない。
 ・・・以上のとおり、本件において、拒絶理由通知の懈怠があっても、出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。」

※ 類型2(主たる引用例の変更)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平20・6・16 平成19年(行ケ)10244
「 特許法50条が拒絶の理由を通知すべきものと定めている趣旨は、通知後に特許出願人に意見書提出の機会を保障していることをも併せ鑑みると、拒絶理由を明確化するとともに、これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものと解するのが相当であり、このような趣旨からすると、通知すべき理由の程度は、原則として、特許出願人において、出願に係る発明に即して、拒絶の理由を具体的に認識することができる程度に記載することが必要というべきである。これを特許法29条2項の場合についてみると、拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り、原則として、出願に係る発明と対比する引用発明の内容、対比判断の結果である一致点及び相違点、相違点に係る出願発明の構成が容易に想到し得るとする根拠について具体的に記載することが要請されているものというべきである。
 これを本件についてみると、前記のとおり、本件においては、引用例の指摘こそあるものの、一致点及び相違点の指摘並びに相違点に係る本願発明の構成の容易想到性についての具体的言及は全くないのであるから、拒絶理由通知があったものと同視し得る特段の事情がない限り、拒絶理由の通知として要請されている記載の程度を満たしているものとは到底いえないものといわざるを得ない。

※ 類型3(拒絶理由通知書の記載)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平21・9・16 平成20年(行ケ)10433
「 周知技術1及び2が著名な発明として周知であるとしても、周知技術であるというだけで、拒絶理由に摘示されていなくとも、同法29条1、2項の引用発明として用いることができるといえないことは、同法29条1、2項及び50条の解釈上明らかである。確かに、拒絶理由に摘示されていない周知技術であっても、例外的に同法29条2項の容易想到性の認定判断の中で許容されることがあるが、それは、拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や、容易性の判断の過程で補助的に用いる場合、ないし関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるのであって、周知技術でありさえすれば、拒絶理由に摘示されていなくても当然に引用できるわけではない。被告の主張する周知技術は、著名であり、多くの関係者に知れ渡っていることが想像されるが、本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであることにかんがみれば、単なる引用発明の認定上の微修整、容易想到性の判断の過程で補助的に用いる場合ないし当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合にあたるということはできないから、本件において、容易想到性を肯定する判断要素になり得るということはできない。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下なし

 

● 知財高判平22・1・27 平成21年(行ケ)10095
「 拒絶査定不服審判において補正がされた発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものでないとき・・・は、その補正を却下しなければならない旨を・・・同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項で規定している。
 そして、その補正の却下の決定をするときは、審判請求人に対して、同法50条本文の意見書を提出する機会を与えなくともよい旨を同法159条2項で拒絶査定不服審判の場合に読み替えて準用する同法50条ただし書で規定している。
 以上によれば、審決は、本願補正発明5が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないと判断したため、上記各規定にのっとって、原告(審判請求人)に対し、意見書を提出する機会を与えることなく、本件補正を決定をもって却下したものであり、前記例示文献1ないし5の引用が容易想到性を是認する判断の核心的な引用例として用いているか否かを判断するまでもなく、その審決の判断に法の定める手続違背の瑕疵はない。
・・・
 特許庁が予めなした拒絶理由通知に示された引用発明に基づかない発明に基づいて特許出願を拒絶する内容の審決をしたときは、原則としてその審決は手続上の違法があったということになるが、同通知に示された引用発明に基づいて審決がなされているときは、特段の事情なき限り、同審決に手続上の違法があったということはできないと解される。
 本件事案においては、・・・引用発明とされたのは、刊行物1(甲1)及び刊行物2(甲2)であり、それらは審査官が平成18年8月11日付けでなした拒絶理由通知(甲12)に記載されているが、周知技術の例として掲げられた前記例示文献1ないし5(甲3~7)は、本件審決以前に出願人たる原告に示された形跡は見当たらない。もっとも、審判の手続で審理判断されていた刊行物記載の発明のもつ意義を明らかにするため、審判の手続に現れていなかった資料に基づき優先権主張当時又は特許出願当時における当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)の技術常識(周知技術)を審決において認定することは許される(最高裁昭和55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)と解されるから、審決が、前記例示文献1~5(甲3ないし甲7)を実質的な引用例ないし引用発明として用いたのであれば審決には手続上の違法があるが、引用発明とされた刊行物1及び2(甲1及び甲2)の意義を明らかにするための技術常識(周知技術)として用いたのであれば、特段の事情がない限り、手続上の違法はない、ということになる。

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平22・11・30 平成22年(行ケ)10124 判時2153号83頁
「 審決が、拒絶理由通知又は拒絶査定において示された理由付けを付加又は変更する旨の判断を示すに当たっては、当事者(請求人)に対して意見を述べる機会を付与しなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情がある場合はさておき、そのような事情のない限り、意見書を提出する機会を与えなければならない(特許法159条2項、50条)。そして、意見書提出の機会を与えなくとも手続の公正及び当事者(請求人)の利益を害さない等の特段の事情が存するか否かは、容易想到性の有無に関する判断であれば、本願発明が容易想到とされるに至る基礎となる技術の位置づけ、重要性、当事者(請求人)が実質的な防御の機会を得ていたかなど諸般の事情を総合的に勘案して、判断すべきである。

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平23・10・4 平成22年(行ケ)10298 判時2139号77頁、判タ1401号239頁 「逆転洗濯伝動機事件」
「 50条本文は、拒絶査定をしようとする場合は、出願人に対し拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し、同法17条の2第1項1号に基づき、出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ、これらの規定は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。審査段階と異なり、審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)、拒絶査定を受けたときとは異なり拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決(拒絶審決)を受けたときにはもはや再補正の機会はないので、この点において出願人である審判請求人にとって過酷である。特許法の前記規定によれば、補正が独立特許要件を欠く場合にも、拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが、出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして、審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。
 本件においてされた補正却下に関する事情として、・・・などの事実関係がある。本件のこのような事情にかんがみると、拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき、拒絶理由を通知することなく、審決で、従前引用された文献や周知技術とは異なる刊行物2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり
※ 手続保障の観点から手続違背を認めた判決は既にあるが(平成18年(行ケ)10102)、本件は適正手続(デュープロセス)に言及した実質的なリーディングケース
※ 知財高裁が外国向けにトピック判決として紹介しているケース

 

● 知財高判平24・9・10 平成23年(行ケ)10315 判時2203号106頁
「 審決は,・・・甲13の記載を技術常識であるかのように挙げているが,・・・甲13自体をみても,・・・ことが普通に行われている技術事項であることを示す記載もない。
 してみると、審決は,新たな公知文献として甲13を引用し,これに基づき仮定による計算を行って,相違点3の容易想到性を判断したものと評価すべきである。すなわち,甲10を主引用発明とし,相違点3について甲13を副引用発明としたものであって,審決がしたような方法で粒子の突起部間の距離を算出して容易想到とする内容の拒絶理由は,拒絶査定の理由とは異なる拒絶の理由であるから,審判段階で新たにその旨の拒絶理由を通知すべきであった。しかるに,本件拒絶理由通知には,かかる拒絶理由は示されていない。
 そうすると,審決には特許法159条2項,50条に定める手続違背の違法があり,この違法は,審決の結論に影響がある。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下なし

 

● 知財高判平24・10・17 平成24年(行ケ)10056 判時2174号94頁、判タ1408号108頁
「 一般に、本願発明と対比する対象である主引用例が異なれば、一致点及び相違点の認定が異なることになり、これに基づいて行われる容易想到性の判断の内容も異なることになる。したがって、拒絶査定と異なる主引用例を引用して判断しようとするときは、主引用例を変更したとしても出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り、原則として、法159条2項にいう「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるものとして法50条が準用されるものと解される。
・・・
 本件において、新たに主引用例として用いた引用例1は、既に拒絶査定において周知技術として例示されてはいたが、・・・引用例1を主引用例とすることは、審査手続において既に通知した拒絶理由の内容から容易に予測されるものとはいえない。
 なお、原告にとっては、引用発明2よりも不利な引用発明1を本件審決において新たに主引用例とされたことになり、それに対する意見書提出の機会が存在しない以上、出願人の防御権が担保されているとはいい難い。
 よって、拒絶査定において周知の技術事項の例示として引用例1が示されていたとしても、「査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合」に当たるといわざるを得ず、出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情が存在するとはいえない。」

※ 類型2(主たる引用例の変更)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平24・11・21 平成24年(行ケ)10098
「 特許法159条2項が準用する同法50条は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には、拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して、意見書を提出する機会を与えなければならない旨を規定する。その趣旨は、審判官が新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは、出願人に対してその理由を通知することによって、意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるから、拒絶査定不服審判手続において拒絶理由を通知しないことが手続上違法となるか否かは、手続の過程、拒絶の理由の内容等に照らして、拒絶理由の通知をしなかったことが出願人の上記の機会を奪う結果となるか否かの観点から判断すべきである。
 ・・・、本件審決において上記周知技術を示したとしても、新たな事由により出願を拒絶すべきと判断したことにはならず、そのことが当業者である出願人に対し不意打ちになるということはできないから、本件の拒絶査定不服審判手続において改めて拒絶理由を通知しなかったとしても、原告にとって意見書の提出や補正の機会が奪われたということはできない。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下なし

 

● 知財高判平25・10・16 平成24年(行ケ)10405 判時2223号90頁
「 本願発明の請求項の記載に照らして、遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸源として炭酸水を用いる場合のみに係ることが一義的に明確であると解されることは前記1のとおりであるから、補正前発明1について新規性を欠くとする本件拒絶理由通知によって、炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が、実質的には通知されていたと評価する余地もないわけではない。
 しかしながら、本件拒絶理由通知は、あえて補正前発明1についてのみ、引用発明と差異がないとの拒絶理由を通知し、補正前発明2については、相違点4等が存在することを理由に、進歩性を欠くとの拒絶理由のみを通知したにすぎないから、出願人である原告において、本件拒絶理由通知によって、補正前発明2のうち炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することは困難であったと考えられる。
 そうすると、審決は、かかる拒絶の理由を通知することなく行った点で、特許法159条2項の準用する同法50条の規定に違反したものであるといわざるを得ず、出願人の防御権を保障し、手続の適正を確保するという観点からすれば、かかる手続違背は、審決の結論に影響を及ぼすものというべきである。」

※ 類型3(拒絶理由通知書の記載)・審判請求時補正なし

 

● 知財高判平26・2・5 平成25年(行ケ)10131 判時2230号81頁 「フィッシング詐欺防止システム事件」
「 特許法50条本文は、拒絶査定をしようとする場合は、出願人に対し拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し、同法17条の2第1項1号に基づき、出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ、これらの規定は、同法159条2項により、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。この準用の趣旨は、審査段階で示されなかった拒絶理由に基づいて直ちに請求不成立の審決を行うことは、審査段階と異なりその後の補正の機会も設けられていない(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)以上、出願人である審判請求人にとって不意打ちとなり、過酷であるからである。そこで、手続保障の観点から、出願人に意見書の提出の機会を与えて適正な審判の実現を図るとともに、補正の機会を与えることにより、出願された特許発明の保護を図ったものと理解される。この適正な審判の実現と特許発明の保護との調和は、拒絶査定不服審判において審判請求時の補正が行われ、補正後の特許請求の範囲の記載について拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも当然妥当するものであって、その後の補正の機会のない審判請求人の手続保障は、同様に重視されるべきものといえる。
 以上の点を考慮すると、拒絶査定不服審判において、本件のように審判請求時の補正として限定的減縮がなされ独立特許要件が判断される場合に、仮に査定の理由と全く異なる拒絶の理由を発見したときには、審判請求人に対し拒絶の理由を通知し、意見書の提出及び補正をする機会を与えなければならないと解される。これに対し、当該補正が他の補正の要件を欠いているような場合は、当然、補正を却下すべきであるし、当該補正が限定的減縮に該当するような場合であっても、当業者にとっての周知の技術や技術常識を適用したような限定である場合には、査定の理由と全く異なる拒絶の理由とはいえず、その周知技術や技術常識に関して改めて意見書の提出及び補正をする機会を与えることなく進歩性を否定して補正を却下しても、当業者である審判請求人に過酷とはいえず、手続保障の面で欠けることはないといえよう。
 そうすると、審判請求時の補正が独立特許要件を欠く場合には、拒絶理由通知をしなくとも常に補正を却下することができるとする被告の主位的主張は、上記の説示に反する限度で採用することができない。
・・・
 原告は、審決が、拒絶理由通知書及び拒絶査定において引用されなかった参考文献1ないし3を引用しており、これらに対して補正できないことにかんがみれば十分な反論を行うことは困難であり、審理手続を尽くすことができたとはいえないと主張する。
 しかし、参考文献1ないし3は、審決において周知技術や常套手段を示すものとして引用されたものであり、いずれも実際に当業者にとっての周知の技術や常套手段を示したものと認められるのであるから、これに対する補正の機会が与えられなくとも、当業者である審査請求人にとって格別の不利益はないものと解され、原告の主張には理由がない。
 また、原告は、審決が、引用文献1及び2の記載の中から拒絶理由通知書及び拒絶査定で引用した箇所とは異なる箇所を引用しており、審理手続を尽くすことができなかったと主張する。
 しかし、拒絶理由通知書(甲7)及び拒絶査定(甲10)では、引用文献1の一部を適示して、引用発明の本質的部分である・・・という技術事項が開示されていることを示したのに対し、審決では、当該摘示箇所を示した上で、引用発明の背景や目的効果等を示すために別途の箇所を摘記したもの認められるから、原告にとって不利益がないことは明らかであり、原告の主張には理由がない。」

※ 類型1(引用例・周知例の追加)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり

 

● 知財高判平26・2・26 平成25年(行ケ)10048
「 新請求項1は、旧請求項1を削除して、旧請求項19を新請求項1にしたものであるから、旧請求項1の補正という観点からみれば、同請求項の削除を目的とした補正であり、特許請求の範囲の減縮を目的としたものではない。旧請求項19の内容は、新請求項1と同一であるから、旧請求項19の補正という観点から見ても、特許請求の範囲の限縮を目的とする補正ではない。したがって、審決は、実質的には、項番号の繰上げ以外に補正のない旧請求項19である新請求項1を、独立特許要件違反による補正却下を理由として拒絶したものと認められ、その点において誤りといわなければならない。そして、旧請求項19は、拒絶査定の理由とはされていなかったのであるから、特許法159条2項にいう「査定の理由」は存在しない。したがって、審決において、旧請求項19である新請求項1を拒絶する場合は、拒絶の理由を通知して意見書を提出する機会を与えなければならない。しかしながら、本件審判手続において拒絶理由は通知されなかったのであるから、旧請求項19についての拒絶理由は、査定手続においても、審判手続においても通知されておらず、本件審決に係る手続は違法なものといわざるを得ない。」

※ 類型4(誤判断)・審判請求時補正あり・53条補正却下あり
※ 補正を限定的減縮とみるか請求項の削除とみるかが争われている。